2010年09月23日

全ての者がエグゼクティブ

●全ての者がエグゼクティブ

今日の組織では、自らの知識あるいは地位のゆえに、組織の活動や業績に実質的な貢献をなすべき知識労働者、全てエグゼクティブである。
組織の活動や業績とは、企業の場合、新製品を出すことであり、市場で大きなシェアを獲得することである。

組織のそのような能力に実質的な影響を及ぼすために、知識労働者は意思決定しなければならない。
命令に従って行動すればよいというわけにはいかない。
自らの貢献について責任を負わなければならない。

仕事の目標や基準や貢献は自らの手の中にある。
したがって、ものごとをなすべき者はみなエグゼクティブだ。


知識労働者は、量によって規定されるものではない。
コストによって規定されるものでもない。
成果によって規定されるものである。

研究所において追及すべき研究テーマを決定する化学者は、それによって企業の将来を左右する起業家的な意思決定しているかもしれない。

今日、あらゆる階層において、意思決定を行う者は、企業の社長や政府機関の長と同じ種類の仕事をしている。
権限の範囲は限られており、組織図や電話帳に地位や名前は載っていないかもしれない。
しかし、彼ら・彼女らはエグゼクティブである。

そして、トップであろうと、新人であろうと、エグゼクティブである限り、成果をあげなければならない。




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2010年08月07日

プロとして成果を上げる(3)

知識労働者を直接あるいは細かく監督することはできない。
彼らには助力を与えることができるだけである。
知識労働者は自らをマネジメントしなければならない。
自らの仕事を業績や貢献に結びつけるべく、すなわち成果をあげるべく、自らマネジメントしなければならない。

知識労働者が何を考えているは確かめようがない。
だが、考えることこそ、知識労働者に固有の仕事である。
考えることが、なすべき仕事の始まりである。
しかも、その動機づけは、成果をあげることができるか否かにかかっている。
彼自身がものごとを達成できるか否かにかかっている。

成果をあげなければ、仕事や貢献に対する意欲は減弱し、ただ体を動かしているだけとなる。
知識労働者は、それ自体独立して役に立つものを生み出さない。
知識労働者が生み出すのは、知識、アイデア、情報である。
それら知識労働者の生産物は、それだけでは役に立たない。
いかに膨大な知識があっても、それだけでは意味がない。
したがって知識労働者には、肉体労働者には必要のないものが必要である。
すなわち、自らの成果を他の人間に供給するということである。
靴のように、自らの生産物それ自体の効用をあてにするわけにはいかない。


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プロとして成果を上げる(2)

肉体労働者は能率をあげればよい。
なすべきことを判断してそれをなす能力ではなく、決められたことを正しく行う能力があればよい。
肉体労働者の仕事は、たとえば靴のように、生産物の質や量で評価できる。
我々はすでに、それらの方法については、この100年間に多くを学んできた。
その結果、肉体労働の生産性を大幅に向上させた。

かつては、機械工などの肉体労働者が圧倒的な多数だった。

ものごとをなすべき者は少数だった。
すなわち、ほかの者が行うべきことを指示する者はあまりいなかった。
その数があまりに少なかったため、成果をあげることは、その是非は別として、あたり前のこととしてすまされていた。
そのようなことは、生まれつき素質を身につけているはずの少数の人、すなわち、ほかの人間が苦労して学ばなければならないことを、なぜか生まれつき知っていると思われる少数の人をあてにしてきた。

今日では、知識を基礎とする組織が社会の中心である。
現代社会は組織の社会である。
それら組織の全てにおいて、中心的な存在は、筋力や熟練ではなく、頭脳を用いて仕事をする知識労働者である。
彼らは、組織の目的に貢献して、初めて成果をあげることができる。
そのような社会では、もはや成果をあげることを当然のことと思ってはならない。
軽く扱うわけにはいかない。
知識労働者が成果をあげるためには、適切な仕事に取り組まなければならない。
そのような仕事は、肉体労働者のために開発した手法では測定できない。


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